【タイトル】

沿革

【本文】

                                     源氏前の由来                                                              明治以前の古い地図には、武蔵国荏原郡中延の処に大字として、旗台、源氏前、牧野、清水頭、平塚の地名がある。これは、みな源氏ゆかりの地なのである。  平安の大昔、源頼義、義家親子が勅命を受け、今の東北地方「みちのく」を治めるために出陣したところである。この地を根城として、兵を集め、馬を飼い、兵糧を整え、戦備につとめたかたみの地名である。すなわち、旗台には、陣屋を構え、根城を築いて源氏ののぼりをはためかしたのだ。  つまり、源氏前は源氏の陣屋。源氏屋敷の前の大広場という意味である。張り切ったひびき。源氏前、源氏前。  旗さし物に弓矢をたばさみ、槍を手にした兵士。ほら貝のひびき。馬のいななき。ひずめの音。光と緑の大地。源氏前は、正に東国武士の大舞台。拠点の心臓。魂のふるさと。  思いうかべるがいい。  くわ型兜。きらめく緋おどし鎧。凛とした馬上の若大将。そびえる富士の高嶺。  源氏前小の校章は、桜と兜。優美とたくましさ。御国の正しい平和のために尽くした魂のシンボルなのだ。   (第2代校長 窪田宇佐美校長による)    学校沿革の概要                                                             S3.12.1 東京府荏原郡荏原町大字中延字源氏前 源氏前尋常小学校開校 校地6032.4平方メートル 学級数20 児童数1076名 (延山,大原,杜松,宮前小より分立)            S4.3.24 第1回卒業式 同窓会創立 S7.3 学童愛護会創立 S7.10.1 東京市源氏前尋常小学校となる S7.12.1 校歌制定 S8.12 校歌制定 S9.6.29 旗台小等へ児童 1260名分離、大原小より 423名転入 S15.12.17 上神明小へ 478名,旗台小より 234名 S16.7.21 源氏前小少年団結成 S17.11.5 少年団鼓笛隊創設 S19.4.1 学校給食開始 S19.8.27 学童疎開(静岡・富士郡北山村) S20.4.22 学童疎開(富山・中新川郡舟橋村)(6月に青森に再疎開) S20.5.24 空襲のため校舎全焼 S22.3.26 仮校舎落成式 S22.4.1 東京都品川区立源氏前小学校となる S23.5.3 源氏前小学校PTA発足 S24.4.6 緑の模範学校の認定を受ける S24.6.25 全校舎トタン葺き屋根補修完成 S28.12.1 25周年記念式 21学級 1051名 S33.12.1 30周年記念式 現校歌制定 S35.7.28 プール竣工式 S41~41 品川区理科研究指定校 S43.6.13 第1期鉄筋化工事賛成 S50.6 校舎鉄筋化終了 S53.10.26 開校50周年記念式典挙行 S54.9.4 校庭改修石灰岩舗装 S55.1.30 小鳥舎・水生植物栽培水槽新設 S55.2.26 品川区研究学校研究発表(一人一人を生かす指導法の研究) S56.12.12 屋上フェンス,床改修工事終了 S57.12.24 屋内体育館屋根塗装工事終了 S58.8.31 学級園フェンス取付け工事終了 S59.6.26 プール改修工事終了 S61.3.29 校庭改修工事終了 S63.2.19 屋体ステージ電動工事終了 S63.8.31 旧校舎窓枠アルミサッシ化終了 S63.11.8 開校60周年記念式典挙行 H1.12.13 屋上フェンス改修工事終了 H2.9.1 ランチルーム新設 H6.1.31 屋上防水工事終了 H8.3.1 特別3教室改修工事終了 H9.8.31 コミュニケーションルーム新設 H9.9.3 パソコン室新設(パソコン12台導入) H9.9.30 防災井戸設置工事完了 H9.10.6 東側トイレ全面改修工事終了 H9.11.10 体育館全面改修工事終了 H10.2.19 品川区研究学校研究発表会(思いや考えを表現できる子の育成) H10.8.31 廊下壁・天井の塗装終了 H10.10.31 開校70周年記念式典挙行 H11.3.31 体育倉庫(外)の天井修理 H11.8.31 保健室前トイレ全面改修工事終了 H12.3.31 職員室インターネット導入,学校事務システム用機器導入   戻る    


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